金子は仕事帰りに山城を誘って
行きつけの小料理屋に来ていた。
行きつけと言っても、しょっちゅう
来ているわけではない。
何かと山城に愚痴を吐きたい時に
時折来ているだけである。
今日の愚痴は奥さんの志麻さんのことらしい。
山城は金子の愚痴には慣れている。
どうせたいした話ではないと思ってはいるが、
とりあえず聞いてやる事も仕事のうちだと解釈している。
その志麻さんだが、
昔はしとやかな女性だったらしい。
が、
ある時大病を患い入院中に
金子が浮気をして以来豹変したという。
山城は
「お前が悪いんじゃねーか」
と思いつつも黙って聞いていた。
金子の話によれば、
もし自分が死んでも困らないように
家事に慣れておく必要があるとか
何かと理由をつけては
掃除修行をさせたり・・・
会社が潰れても
つぶしが利く人間になるためとか言っては
料理修行をさせたり・・・
他にも毎日言葉に出来ないほど
ひどい仕打ちを受け続けているらしい。
話しているうちに金子は
だんだん悲しくなってきた。
そして、ひとしきり愚痴を吐いた後
金子は眠ってしまった。
山城にはまだ仕事が残っていたため
今日のところは帰るよう誘ったが
反応は無い。
仕方がないので
山城は志麻さんに迎えを頼んだ。
志麻さんはすぐに迎えに来た。
その心配そうな顔に
山城は金子の愚痴など
酒に任せて大袈裟にに語っただけで
あまりたいしたことではないと感じた。
志麻さんも心配してるから
と金子を起こす。
目を覚ました金子は
突然現れた話題の主、志麻さんに
かなりびびってる。
金子にとって
この志麻さんの顔はどう見ても
心配してる顔には見えなかった。
いや、それ以上にただならぬ恐怖さえ感じた。
まだ仕事が残ってるからと
さっさと帰り支度をする山城。
金子は自分も連れて行ってくれと
せがんでるようだが
ここは志麻さんに任せて
帰ってゆっくり休んでもらおうと断った。
山城なりの気遣いである。
優しくメガネをかけてあげる志麻さん。
愚痴など所詮愚痴だ。
心配には及ばない。
夫婦喧嘩は犬も食わないというではないか。
ところが、家に帰ると志麻さんは
いつになく優しかった。
家に帰れば、帰りが遅いとか言って
また掃除修行などという名目の
虐待をされるのであろう・・・
あまりに想像と違う展開に
酔い覚ましとして作ってくれた
お茶漬けがなんとも怪しげで
素直に食す事の出来ない金子であった。
金子の心からのSOSは山城には通じなかった・・・